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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)736号 判決 1976年3月04日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の各判例はいずれも事案を異にし、本件に適切ではなく、同第二点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、以下に述べるとおり、刑訴法四一一条一号により破棄を免れない。

本件公訴事実の要旨は、「被告人らは、ほか百数十名の学生らとともに、昭和四五年一一月三〇日午後一時三八分ころ、正門を閉鎖し通路を金網柵で遮断したうえ、部外者の立入りを禁止していた東京都文京区弥生一丁目一番一号所在の東京大学地震研究所(同所所長事務取扱力武常次管理)構内へ、同所南側通路の金網柵(高さ2.24メートル、幅16.3メートル)を引き倒して乱入し、もつて人の看守する建造物に故なく侵入したものである。」というのであり、第一審裁判所は、「ほか百数十名の学生らとともに」とある部分を「ほか百数十名の学生らと意思を相通じ」とし、金網柵引き倒しの態様として「ロープをかけてその東側部分幅約九メートルを引き倒し」と加えたほか、右公訴事実にそう事実を認定し、刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条(ただし、刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のものによる。)を適用し、被告人両名を各懲役三月、執行猶予二年間に処したところ、被告人らからの控訴に基づき、原審は、右第一審判決を破棄し、被告人両名に対し無罪を言い渡した。

すなわち、原審は、まず、東京大学地震研究所(以下、地震研という。)の建物及び付近の状況を検討し、被告人両名が侵入したとされる本件土地(地震研建物の南側、テニスコートを囲む金網の北側の部分及びその延長線に至る約二五メートル幅の土地)が、従来永く地震研建物の北東及び南西に位置する各通用門から東京大学構内の各建物やグラウンドへの通路並びに大学職員、学生、さらには外来者の駐車場として利用されてきていること、地震研の建物の管理権者が地震研所長であるのに対し、本件土地を含む右建物周辺の土地の管理権者は東京大学総長であるため、地震研所長は、第一審判決認定のような経緯により、昭和四五年一一月二一日付で東京大学総長から右建物周辺の土地の管理権の委任を受け、右権限に基づき、同月二九日第一審判決判示のとおり金網柵を構築し、地震研建物周辺の通路を遮断し、地震研の職員以外の者の本件土地への立入りを禁止したこと、等の事実を証拠によつて確定したうえ、「一般に建物の敷地であつて門塀を設け、外部との交通を制限し、守衛、警備員を置き、外来者がみだりに出入することを禁止した場所は、その建物に附属する囲繞地として刑法一三〇条にいう人の看守する建造物に当たるのであるが、本件土地は、金網柵構築前においては、前記のとおり、外界との間の塀やテニスコートの金網等で多くの部分を取り囲まれた形になつているものの、東京大学構内全体におけるその客観的位置関係、本件土地とその周辺の地形地物の状況、外界との関係、本件土地の利用及び管理の状況等を洞察すれば、到底地震研の建物の固有の敷地とは認め難く、むしろ、広く同大学の関係者一般に利用されていた同大学の構内の一部であつたと見るべきものであり、同大学構内の他の部分と特に異つた性質のものであつたとは認め難い。そして、本件当時にあつては、金網柵が構築されていたとはいえ、右金網柵は、通常、建物の敷地と外部とを区画するに用いられる門塀とは異り、性質上一時的に本件土地への立入を阻止するためのものに過ぎないと考えられるのであるから、金網柵の設置の当不当は別として、右金網柵が構築されたからといつて、それまでの本件土地の前記性質が変わり、地震研の建物の固有の敷地になつたとまでは認めることはできず、したがつて、本件土地を地震研の建物に附属する囲繞地と見ることはできない。」とし、被告人らが本件土地に立ち入つたとしても建造物侵入罪を構成しない、というのである。

しかし、刑法一三〇条にいう「人の看守する建造物」とは、単に建物を指すばかりでなく、その囲繞地を含むものであつて、その建物の附属地として門塀を設けるなどして外部との交通を制限し、外来者がみだりに出入りすることを禁止している場所に故なく侵入すれば、建造物侵入罪が成立するものであることは、当裁判所の判例昭和二四年(れ)第三四〇号同二五年九月二七日大法廷判決・刑集四巻九号一七八三頁、昭和四一年(あ)第一一二九号同四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号六八五頁)の示すところである。そして、このような囲繞地であるためには、その土地が、建物に接してその周辺に存在し、かつ、管理者が外部との境界に門塀等の囲障を設置することにより、建物の附属地として、建物利用のために供されるものであることが明示されれば足りるのであつて、右囲障が既存の門塀のほか金網柵が新設付加されることによつて完成されたものであつたとしても、右金網柵が通常の門塀に準じ外部との交通を阻止し得る程度の構造を有するものである以上、囲障の設置以前における右土地の管理、利用状況等からして、それが本来建物固有の敷地と認め得るものかどうか、また、囲障設備が仮設的構造をもち、その設置期間も初めから一時的なものとして予定されていたかどうかは問わないものと解するのが相当である。けだし、建物の囲繞地を刑法一三〇条の客体とするゆえんは、まさに右部分への侵入によつて建造物自体への侵入若しくはこれに準ずる程度に建造物利用の平穏が害され又は脅かされることからこれを保護しようとする趣旨にほかならないと解されるからである。この見地に立つて本件をみると、地震研建物の西側に設置された東京大学構内を外部から区画する塀、通用門(第一審判決のいう正門)及び南側に設置されたテニスコートの金網など既存の施設を利用し、これら施設相互間及び地震研建物との間の部分に、前記金網柵を構築してこれらを連結し、よつて完成された一連の障壁に囲まれるに至つた土地部分は、地震研建物のいわゆる囲繞地というべきであつて、その中に含まれる本件土地は、建造物侵入罪の客体にあたるといわなければならない。

そうすると、これと異なる見解を前提とし、本件土地が地震研建物のいわゆる囲繞地に含まれないことを理由に、第一審の有罪判決を破棄し、被告人両名に対する各建造物侵入罪の成立を否定した原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことはいうまでもなく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により、本件を原裁判所である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。

(藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

検察官の上告趣意<省略>

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